教育資金ピーク期の資産活用戦略:積立NISA外資産の売却順序と税負担最小化の視点
教育資金ピーク期に向けた資産活用の全体像
お子様の成長に伴い、教育資金の必要額が増大し、特に大学進学前後の期間は資金需要のピークを迎えます。この時期に備えるため、積立NISAを活用して長期的な資産形成を進めてこられた方も多いことでしょう。積立NISAは非課税で運用益を受け取れる強力な制度ですが、教育資金の総額が積立NISAの非課税枠を超える場合や、積立NISA以外の資産も保有している場合、ピーク期の資金をどのように捻出するかが重要な課題となります。
教育資金の確保にあたっては、積立NISA口座だけでなく、特定口座で運用している投資信託や株式、預貯金、学資保険、そして場合によっては不動産など、ご家庭が保有する全ての資産を総合的に検討し、計画的に資金を準備する必要があります。特に、積立NISA以外の課税対象となる資産を売却する際には、税負担や売却時期、換金性などを考慮した戦略的なアプローチが求められます。
教育資金ピーク期に活用しうる資産の種類と特性
教育資金として活用が見込まれる資産は多岐にわたります。それぞれの特性を理解することが、最適な売却・活用戦略を構築する上で不可欠です。
- 積立NISA口座: 運用益・配当金が非課税。非課税期間終了後の対応(ロールオーバー、課税口座への移管、売却)も考慮する必要があります。原則として、非課税メリットを享受できるため、優先的に活用を検討しやすい資産と言えますが、子の進学時期に合わせて非課税期間が終了しないケースや、多額の資金が必要な場合は、他の資産と並行して、あるいは積立NISAから計画的に取り崩す必要が生じます。
- 特定口座・一般口座(投資信託・株式など): 運用益(譲渡所得、配当所得)に対して原則20.315%(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)の税金がかかります。売却益が出ている場合は税負担が発生しますが、積立NISAと異なり売却時期や金額の自由度が高い資産です。複数の銘柄を保有している場合、どの銘柄から売却するかが税負担に影響します。
- 預貯金: 換金性が最も高い資産です。元本保証があり、価格変動リスクはありません。ただし、低金利環境では運用効率は低いと言えます。
- 学資保険・貯蓄型保険: 契約内容に基づき、満期保険金や祝い金、解約返戻金として資金を受け取ることができます。契約時に定めた時期に資金が必要となるため、計画的な資金準備に役立ちます。ただし、早期解約は元本割れのリスクがあります。
- 不動産: 自宅や賃貸用物件など。教育資金として活用する場合、売却や賃貸(自宅の場合)が考えられます。売却には多額の税金(譲渡所得税、住民税)や手数料がかかるほか、時間と労力を要します。また、市場環境によって売却価格が変動するリスクもあります。自宅の場合は住み替えの問題も発生します。
- その他: iDeCo(原則60歳まで引き出せない)、勤務先の財形貯蓄、児童手当、教育ローン、奨学金なども教育資金の捻出手段として検討されますが、本稿では主に金融資産や不動産の売却・活用に焦点を当てます。
資産売却の基本的な判断基準と優先順位
教育資金ピーク期に必要な資金を、保有する複数の資産から捻出する際の基本的な考え方と優先順位について考察します。どの資産から売却・活用するのが最適かは、ご家庭の資産状況、税負担、リスク許容度、必要な資金の時期などによって異なりますが、一般的には以下の要素を考慮します。
- 非課税メリットの最大化: まずは積立NISAの非課税メリットを最大限に活用することを検討します。ただし、積立NISA口座から資金を引き出す(売却する)タイミングは、子の進学時期や必要な金額に合わせて慎重に判断する必要があります。非課税期間が残っている場合は、そのメリットを活かしつつ、必要に応じて取り崩しを行います。非課税期間終了後の資産は、課税口座に移管されるため、その後の運用益は課税対象となります。
- 換金性: 必要な時期までに確実に資金を準備できるかという視点です。預貯金は最も換金性が高く、次いで特定口座で運用している上場株式や投資信託が比較的換金しやすい資産と言えます。不動産は換金に時間がかかるため、教育資金のように明確な期日までに必要な資金を準備する手段としては、計画的な準備が不可欠です。
- 税負担: 資産を売却して利益が出た場合、税金がかかります。積立NISAは非課税ですが、特定口座や一般口座で保有する有価証券、不動産の売却益は課税対象です。税負担を最小限に抑えるためには、含み益の大きい資産ばかりを売却するのではなく、含み損のある資産との損益通算を検討したり、税率が有利になる特例(例えば、不動産の長期譲渡所得など)の適用を考慮したりする必要があります。
- 価格変動リスク: 売却が必要な時期が迫っている資産については、価格変動リスクをできるだけ抑える視点も重要です。教育資金が必要となる数年〜1年程度前からは、リスクの高い資産(例:株式)の比率を減らし、リスクの低い資産(例:預貯金、債券など)へシフトしていく、いわゆる「リスク低減」や「レイヤリング戦略」が有効です。売却時期が近い資産を値動きの大きい金融商品で保有していると、必要な時期に資産価値が大きく下落し、資金が不足するリスクがあります。
- その他の考慮事項: 不動産の場合は、住み替えや将来の活用計画なども考慮が必要です。学資保険は、満期まで保有する方が経済合理性が高い場合が多く、安易な途中解約は避けるべきです。
具体的な資産クラス別の売却判断と税務
特定口座・一般口座の投資信託・株式
- 売却益への課税: 売却益(譲渡所得)に対して20.315%の税金がかかります。
- 損益通算: 特定口座(源泉徴収あり)の場合、同一口座内の売却益と売却損は自動的に損益通算されます。複数の特定口座や一般口座、他の金融商品(先物取引など)との間でも損益通算が可能です。この際、確定申告が必要です。
- 繰越控除: その年に損益通算しても控除しきれなかった譲渡損失は、翌年以降3年間繰り越して、株式等の譲渡益や配当所得から控除することができます。
- どの銘柄から売るか: 売却益が大きいものから売ると税負担が大きくなります。含み損のある銘柄を同時に売却して損益通算する、あるいは売却益が比較的小さい銘柄から売却するなど、税負担を考慮した売却順序を検討することが重要です。
- 取得単価の確認: 売却益を計算するためには、その資産の取得単価を確認する必要があります。NISA口座から課税口座へ移管された資産の場合、移管時の時価が新たな取得単価となります。
不動産
- 売却益への課税: 不動産の売却益(譲渡所得)には譲渡所得税と住民税がかかります。税率は、所有期間によって異なります。
- 短期譲渡所得: 所有期間5年以下の場合、税率39.63%(所得税30%、住民税9%、復興特別所得税0.63%)。
- 長期譲渡所得: 所有期間5年超の場合、税率20.315%(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)。長期譲渡の方が税負担は大幅に軽くなります。
- 各種控除・特例: 自宅を売却した場合には、「3,000万円の特別控除」や、一定の要件を満たせば「マイホームを買い換えた場合の特例」などが適用される場合があります。これらの特例を適用できるかどうかで、税負担が大きく変わります。
- 取得費・譲渡費用: 売却益は、売却価格から取得費(購入代金、建築費用など)と譲渡費用(仲介手数料、印紙税など)を差し引いて計算されます。取得費が不明な場合は、売却価格の5%を取得費とみなすことになります(概算取得費)。
- 売却のタイミング: 長期譲渡となる所有期間5年超を待つかどうかで税負担が大きく変わるため、売却時期の検討は非常に重要です。また、市場環境も売却価格に影響します。
複数の資産を持つ場合の売却順序検討事例(仮定)
架空のA様一家(40代後半、会社員管理職、子2人)のケースで、教育資金ピーク期(大学入学時)の資金捻出戦略を考えます。
- 必要な資金: 大学入学金・初年度授業料などで約300万円。
- 保有資産:
- 預貯金: 500万円
- 積立NISA口座(夫名義、子の大学入学時が非課税期間内): 時価800万円(元本500万円、含み益300万円)
- 特定口座(夫名義、投資信託):時価400万円(元本300万円、含み益100万円)
- 特定口座(妻名義、国内個別株):時価200万円(元本150万円、含み益50万円)
- 学資保険: 満期保険金(大学入学時)200万円
- 自宅不動産: 時価5,000万円(含み益あり、長期譲渡の要件は満たしているが、売却は現実的でない)
検討プロセス:
- 確実に準備できる資金: 預貯金500万円と学資保険の満期保険金200万円で合計700万円が、リスクなく確保できる資金です。必要な300万円は、これだけで十分賄えます。
- 積立NISAの活用: 必要な資金が確保できるため、積立NISA口座から無理に取り崩す必要はありません。非課税期間内であれば、引き続き運用を続けることで、将来の教育資金(後期分)や他のライフイベント(老後資金など)に備えることができます。もし預貯金や学資保険だけでは不足する場合、積立NISAから必要額を取り崩すことを検討します。この場合、運用益は非課税で受け取れます。
- 特定口座の検討(もし資金が不足する場合): 預貯金や学資保険、積立NISAから必要額を取り崩してもまだ資金が不足する場合、特定口座の資産売却を検討します。
- 夫名義の投信は含み益100万円、妻名義の個別株は含み益50万円です。どちらを売却しても税金(譲渡所得税等)がかかります。
- 必要な金額だけを売却することを基本とします。例えば100万円必要な場合、夫名義の投信を売却すると、売却益は約25万円(売却額100万円のうち元本部分が約75万円、利益部分が約25万円)となり、これに税金がかかります。妻名義の個別株の場合も同様に計算します。
- このケースでは、夫名義の投信の含み益比率が25%(100/400)に対し、妻名義の個別株は25%(50/200)と利益率は同じです。どちらを売却するかは、今後の運用方針や個別の銘柄の将来性などを考慮して判断することになります。
- 仮に夫名義の投信を100万円売却すると、売却益にかかる税金は約25万円 × 20.315% ≒ 5万円となります。
- 複数の特定口座がある場合、両方の口座で含み益が出ている場合は、税負担は避けられません。一方、片方で含み益、もう片方で含み損が出ている場合は、損益通算を積極的に活用することで税負担を軽減できます。
この事例では、預貯金と学資保険で十分な資金が確保できたため、積立NISAや特定口座の資産はそのまま運用を続け、将来に備えるという判断になります。しかし、必要な資金が例えば1,000万円であった場合、積立NISAからの一部取り崩しや、特定口座の資産売却が必要となり、税負担も考慮した計画が不可欠となるでしょう。
計画的な資産売却のための注意点
- 早めの計画: 教育資金が必要となる時期(大学入学、留学など)が明確になったら、遅くとも数年前からは具体的な資金準備計画に着手し、どの資産から、いつ頃までに、いくら捻出するかを具体的に検討することが重要です。
- 税務上の影響の試算: 特定口座や不動産など課税対象資産を売却する際は、必ず事前に税金がいくらかかるかを試算してください。思わぬ税負担が発生し、手取り額が不足する事態を防ぐためです。
- 換金性の確認: 必要な時期までに確実に現金化できるか、資産の換金性を確認します。特に不動産は売却に時間がかかるため、数年単位の余裕が必要です。
- 市場環境の考慮: 可能であれば、市場環境が良い時期に売却することで、より多くの資金を確保できる可能性があります。しかし、教育資金のように必要な時期が決まっている場合は、市場環境に左右されず、計画通りに実行することが優先される場合もあります。
- 専門家への相談: 複雑な資産状況や多額の資金が必要な場合、税理士などの専門家に相談することも有効です。税務上の最適な選択肢や、資産活用の全体戦略について、専門的なアドバイスを得ることができます。
まとめ
教育資金の支払いがピークを迎える時期は、計画的な資産活用戦略が不可欠です。積立NISAは非課税メリットが大きい強力な制度ですが、保有する全ての資産を俯瞰し、それぞれの特性(非課税、換金性、税負担、価格変動リスクなど)を踏まえた上で、売却・活用の優先順位を検討することが重要です。特に、特定口座の有価証券や不動産を売却する際には、税負担の影響が大きいため、事前の税額試算や税務上の特例適用についても十分に考慮し、必要に応じて専門家の助言を得ながら、ご自身の状況に合わせた最適な戦略を構築してください。